【復刻版】市場原理導入は地域格差を増長させるか
| 【この論文は、日本医療企画の「ばんぶう」2001年10月号に掲載された元原稿です】 先日、叔父が60歳という若さで亡くなった。膀胱がんだった。1年半前、病名を宣告された叔母は病院から書店に直行し、一冊の本を手に取った。その本には民間療法ががんを治す、というようなことが書かれていたという。早速、叔父と叔母はその著者が経営している診療所を訪ねた。その日から毎月彼らは30万円以上をその診療所に支払った。最後まで民間療法の効果に期待を寄せた彼らは、病院から処方された抗がん剤を飲まずに、合計1000万円以上を民間療法などに投資した。しかし、得られたベネフィットは「ゼロ」である。 筆者は民間療法を批判しているのではない。日本人は金融資産のほとんどを現金・預金で持ち、株式はわずか6.4%という「ローリスク・ローリターン」の性質があるにもかかわらず、医療については筆者の叔父や叔母のように、「超ハイリスク・ローリターン(ノーリターン?)」を受け入れているという現実をお伝えしたいだけである。 “市場原理”という言葉を聞くと、すぐにアメリカのマネージッド・ケア、HMOといったシステムの名称が思い浮かぶが、ここでは、日本以外のことは取り上げない。なぜなら、我々がサービスを提供する相手は、そのほとんどが「先進国の中で消費者レベルが最も高い」(イトーヨーカ堂の鈴木敏文社長)と言われる日本人であり、日本には国民皆保険制度というアメリカには真似のできない世界に冠たる制度がセーフティネットとして機能しているからである。さらに、制度が文化の反映である1)ことからすれば、他国の制度を安易に導入することは、“予期せぬ副作用”をもたらすことにもなりかねない。 ■すでに市場原理は導入されている 健康保険組合連合会の調査2)によると、患者が医療機関を選ぶ理由の第一位は「自宅に近いから」(入院31.1%、外来48.1%)である。これは、厚生労働省が長年に渡って医療機関の量的拡大を図る一方、広告の規制を強めて患者を保護し、国民に対して「どこでも同じサービスが受けられる」という錯覚を起こさせていた結果であろう。確かに、数十年前の日本では、カーレースで言うところの「ペースカー」のような役割が厚生労働省に求められていたのかもしれない。 しかし、WHOが2000年6月に発表した「2000年版世界保健報告」の中で、日本が加盟191カ国中、保健サービスの到達度で総合第1位を獲得した今、「ペースカー」が求められる場所は、別の所にあるのではないだろうか。 すでに厚生労働省の既存の「ペースカー」としての役割は崩壊しようとしている。セコム損害保険がこの10月から発売する「自由診療保険メディコム」は、「医療保険で行えない手術・検査・薬剤・器材などを使用することができます」「お客様がご希望するガン治療に最適の医療機関を当社よりご紹介します」といったことを売り文句にしている。診療を受けられるのが同社と契約している医療機関に限られるという点も、消費者の心をくすぐるのではないか。同社は契約先の医療機関に対して診療報酬よりもはるかに高い技術料を提示しているという報道があったが、これはまさに市場原理の話であり、厚生労働省とは全く関係のないところで話が進んでいるのである。 「自由診療保険メディコム」のような商品が普及・拡大し、本当に最適な医療を受けられるということになれば、医療機関を選ぶ理由の第一位は「自宅に近いから」ではなく、「自分にとって最適だから」になるはずである。 ■地域格差は「文化の格差」から「病院格差、リーダー格差」へ これまでの地域格差は、主に文化の格差だったと言えよう。例えば、国民健康保険中央会が平成9年にまとめた「市町村における医療費の背景要因に関する報告書」を読むと、医療費については文化の格差が大きいことに加え、地域に患者指向を持った良きリーダーが存在していることが窺える。市場原理が導入されれば、後者の「リーダー格差」が拡大し、それが「病院格差」と呼ばれるようになるかもしれない。 ここで強調しておきたいことは、市場原理が導入されるということは、すべての情報と決定権が消費者に渡ることを意味する。急速なインターネットの普及により、すでにこうした傾向を見ることができるが、保険者機能が強化されれば、すべてのデータが被保険者に公開されることになるだろう。これは、オセロゲームの4つのコーナーを消費者が押さえるのと同じ事である。 そのため、平均在院日数短縮や紹介率向上など「部分最適」にだけフォーカスすると、市場から暴力を振るわれることになる。疾患の治癒率や患者のQOL、ADLを向上するための医療サービスを行った結果として、平均在院日数が短縮し、紹介率も向上していたという「全体最適」を地域全体で目指さなければならない。 つまり、市場原理の中で組織が勝ち残るには、「一番になること」が求められる。「日本で2番目に高い山はどこですか?」と聞かれて答えられる人は少ない。一番にならないと評価されないのが市場原理である。これは、医療においても同じで、最終的には、「全体最適」の医療サービスを行える地域、病院に患者は集中するに違いない。既存の組織で「全体最適」の医療サービスが完成できないということになれば、民間企業による病院経営の参入などを認めざるを得ないだろう。その理由は、患者(消費者)が「すべて」を握っているからである。 医療以外のビジネスの場合は、人口が集中している都市部、購買意欲の高い20〜30歳代の独身女性などをターゲットとするケースが多いが、医療サービスの場合は、特に供給が需要を喚起する特徴があり、医療過疎地域でもoutstanding(すばぬけた)な病院があれば、患者はその病院を訪れる。現に、都内のある長期療養型の病院は、地域住民をほとんど相手にしておらず、来院患者の口コミ率90%を実現している。 しかし、市場原理が導入された直後は、民間企業の病院の多くはマーケティングの教科書通り、都市部に集中するのではなかろうか。そして、彼らは激しい競争の中で苦しみ、医療従事者や患者に満足を与えられなくなることが予想される。低コスト競争や効率化競争が加速することにより、経営上、医師の裁量権がこれまで以上に制限され、それによる医師のストレスが患者に伝わってしまう可能性が考えられるからだ。このような市場原理導入後の多少の副作用は仕方のないところである。 今後、民間企業が経営する病院のリーダーが、ある疾患の治癒率ナンバー1を目指して、あらゆるハードとソフトを揃えたとしたら、地域格差は間違いなく縮小するであろう。一方、「リーダー格差」が広がることは言うまでもない。 最後に、日本の文化から生まれた「国民皆保険」と「フリーアクセス」は、どんなことがあっても守るべき制度である。この2つの素晴らしい制度の上に、市場原理を乗せると、どうなるであろうか。恐らく、数多くの患者・家族がハイリターンを追い求めて、ハイリスクの旅を続けることになるだろう…。 参考文献 ☆……………………☆……………………☆ 今回も最後までお読みくださってありがとうございましたm(._.)m |